■江戸の狂歌四天王のひとり、宿屋飯盛(やどやめしもり)またの名を
 石川雅望あるいは六樹園が吉原遊郭にちなんだ狂歌を集め、吉原の一日を
 追った「吉原十二時」を著している。
 当時の時刻は十二支であらわされ、ここでは卯の刻(明け六つ、今の午前6時頃)から始まる。
  
■卯の刻
 浅草寺の鐘が明け六つを打ち、朝帰りの客が吉原の門をでていく、ちょっと
 アンニュイな雰囲気を狂歌に・・・・

 吉原に一夜あかしの朝がへり 猪牙のふとんも島かくれ行く

 *猪牙:ちょき、二、三人乗りの送迎の船「猪牙船」。船の創案者長吉の名が
  訛ったとか、舳先が猪の牙に似ているところからこう呼ばれたと言われる。

■辰の刻(午前8時頃)
 この頃にはおおかた客は帰っているが、中には居続け客もいた。
 又、廓で働くひとびとの生活も始まる。

 傾城のはれの衣装を辰の刻 お針も見ゆる松葉屋の内
 *お針:吉原で働く裁縫女のこと。一般の家ではお針とは言わず「針妙」といった。

■巳の刻(午前10時頃)
 遊女たちは風呂に入り、朝飯の時。この頃には、八百屋や魚屋が早くも
 やってくる。

 所がら早ようくるわの初鰹 売る人さへもはりのつよさよ

 *はりのつよさ:意気地のこと。遊女も売り人も気風がいい。
    
■午の刻(正午頃)
 この頃には髪を結い、化粧を直して昼見世の支度をはじめている。

 髪をゆひ化粧をすれば昼時の かねをもつける身じまひの部屋

 *かね:鐘とお歯黒(鉄漿=かね)を掛けている。

■未の刻(午後2時頃)
 昼は夜に比べ遊ぶ客は少なく、地方の武士などが中心。
 遊女は暇な時間に文など書いて過ごした。

 昼見世ははるより春の日あしほど 長長と書く傾城の文


 *出典:江戸諷詠散歩(秋山忠彌著) 文春新書

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