吉原遊女のランクとギャラ
■ 新吉原の遊女のトップランクは太夫であり、つぎに格子女郎でしたが
前にも触れたように宝暦(1751〜1764年)頃には消えてなくなり、
代わって「昼三」が上級遊女として登場します。
(1)「昼三」:
昼三の中での最高級が「呼び出し」といわれる昼三で、 金一両一分
張見世はせず、茶屋で待ち花魁道中をする。
付き添いとして、1〜3人の番頭新造、2〜3人の振袖新造、2人の禿(かむろ)
いろいろと身の回りの用事をします。
新造がつかない昼三クラスで 金三分
新造つき昼夜金三分(夜だけ金一分二朱)がありました。
但し、以上のランクも呼び出しが文政(1818〜1830年)頃にはなくなり、
その次の昼三も弘化4年(1847年)になくなり、さらにランクが下がっていきます。
(2)「附け廻し」:
「昼二」とも言われます。 金二分
(3)「座敷持」:
昼夜金二分と金一分の2種類がありました。
自分の部屋を持ち、別に客を迎える座敷を持つ遊女です。
(4)「部屋持」
昼夜金二分と金一分の2種類がありました。
自分の部屋に客を迎えます。
(5)「振袖新造」:
基本的には、客をとりません。 金二朱
但し、客の求めで客をとる新造もいたようです。
(6)「局女郎」:
一ト切(きれ)すなわち約十分の間に用を済ませるので「切見世」とも
いわれます。 一ト切 五十文〜百文