●宝暦の頃(1751〜64)
 将軍吉宗が死去、家治の時代となるが早世する。
 この頃になると髷は兵庫から島田になり、櫛・かんざしのさす数が増えてくる。
 衣装も衣装全体に入る大柄な絵柄から、小さな模様を点在させるデザインに
 変化、シンプルな感じとなる。この時代で最高級の遊女「太夫」がなくなる。

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●安永の頃(1772〜81)
 賄賂の代名詞のようにいわれた田沼意次の時代となる。
 この頃から衣装が、後期のスタイルに変化していく。
 襟ぐりがぐっと後ろに出て、後の「つき襟」に近くなる。2人のかむろは、
髷が奴島田に近くなり、帯が矢の字に結ぶなど後世と同じになっている。

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●天明の頃(1781〜89)
 田沼意次が失脚し、松平定信の時代になるが、世の中は天災による不幸が
 続く。・・・・・天明の大飢饉、疫病の流行、浅間山の大噴火など
 絵の中央が当時の花魁で、髷は立兵庫に櫛を3枚、かんざしを前に5本、後ろに4本と豪華になる。
 びんは「張り出し灯篭びん」で、鯨かべっ甲の髷差し棒で張りを作っている。

出典---菱川師宣画「浮世続」(絵本)貞享元年

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