●万治・寛文の頃
--新吉原になって間もなくの頃、火事が多く、町火消しや定火消しが設けられた。
--この頃の遊女は、後期に比べれば大変地味で、櫛やかんざしもさしていない。
--ここでは当時の遊女の最高位松の位遊女が描かれているが、松の位の遊女「仙台高尾」は巷談の吊るし斬りで有名になった。
--髪型は「立兵庫」が主流、右端の絵は、くくり枕を着けている。

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●元禄の頃
--犬公方綱吉でよく知られるこの時代は、江戸文化がもっとも成熟した時代でもある。
--赤穂浪士の討ち入りもこの時代。
--当時の遊女の外出姿だが、右から新造、小紫、新造、禿(かむろ)、遺手(やりて)、若い者と続く。
--足元は草履、小紫の髪型は兵庫髷、新造は玉結び、禿は奴島田。
--当時の遊女は、外出のとき仕掛け(打掛け)の上から帯をしており、後の花魁道中のような礼装ではなく常着だった。

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●正徳の頃
--綱吉から2代後、家継の時代。大奥の大事件「絵島・生島事件」が起きている。
--この時代頃は、既に髪に櫛をさしており、髪型は古来兵庫、勝山髷、島田髷などが多く、帯も前帯びになる。
--ちなみに勝山髷は、遊女「勝山太夫」があみだしたもので、のちに丸髷に発展してゆく。

出典---菱川師宣画「浮世続」(絵本)貞享元年

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